3



「鯉登少尉殿、今すぐ淀川中佐の元へ向かって下さい!」

兵舎の一室に、鯉登と名前以外の張り上げた大きな声が響き渡る。

「騒々しい。なにごとだ?」

部屋の入り口ではぜーぜーと息を切らす兵士の姿があって、真剣な面持ちで何かを話し込む鯉登の様子を後方から静かに伺う。
そしてしばらくすると彼は名前の方へと振り向き親指、人差し指、中指の3本を勢い良く突き出した。

「私は少しここを離れる!いいか、この部屋からは絶対に出るな。こいつを見張りとして置いていく」
「鯉登少尉殿!?この婦人は一体…」
兵士が続けた所で鯉登は物凄い勢いで何処かへ走り去って行ってしまう。
何があったのかは分からないがとにかく緊急事態なのだろうと名前は黙ってそれを受け入れた。





それから鯉登が戻って来たのは空が茜色染まる頃で、ふたたび会った時にはその立派な軍服は少しばかり薄汚れていた。

『あの、何かありましたか…?』
「……………別に何も」

何か思い出したかのように忌々しそうな表情を浮かべる彼に、何かがあったんだろうなと察っした名前は困ったように笑う。

「それよりも今後についてなのだが」
『……はい』
「私の上官から、しばらくはこちらで秘密裏に保護しろとのご命令があった。その間は私がお前の面倒を見る」
『…!ほんと、ですか』
「しかし、ここはあくまでも軍の兵舎だ。お前の姿を人目に晒すわけにはいかん。しばらくは窮屈な生活となるだろうが、そこは我慢してもらうぞ」
『はい、充分です。ありがとうございます』

名前とっては大変ありがたい申し出であった。
元の時代との差は110年以上で、時代背景、価値観、お金の価値、文章の読み書きなど、この地で生きていく為には様々な事を習得して行かなければならないと考えていた。
そもそもこの地に帰る場所や家は存在しないうえにお金もないのだから一連の事情を全て知る鯉登の側に置いてもらえるというのは名前にとってかなり救われるものであった。

「鶴見中尉……上官には電話である程度の話しはしている。詳しい事は実際に会ってみてからだ。なんでも、お前と話しをしてみたいそうだ」
『……そう、ですか』



top back